2015年9月26日、核戦争を防止する石川医師の会では、国連「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」を記念した企画を行いました。
金沢市内にて白衣の街頭宣伝活動を行い、核兵器の全面的廃絶へ42筆の署名をいただきました。その後、近江町交流プラザに場所を移し、午後6時半から、「国連・核廃絶デー記念講演会」として石川県原爆被災者友の会会長である西本多美子さんのお話を聞く会を開催しました。講演会には国際連合広報センターをはじめ、多くの関連団体・マスコミに名義後援を頂きました。
冒頭の15分間、石川反核医師の会の取組みについて白崎良明代表世話人から紹介を行い、西本さんのお話へ移りました。冒頭、広島市の地図を用いながら、当時の広島の情景や頻繁に爆撃機が飛んできていた「日常」について、アメリカ側の裏事情を絡めて原爆が投下された経緯をお話されました。そして、8月6日、原爆が投下された当日のお話へと移ります。名前も知らない少年が叫んだ「B29だ!」の声のおかげで生き残れたことや、当時四歳の西本さんを守ろうと必死だった母の深い愛情、そして原爆投下直後の凄惨たる光景。参加者の皆さんも真剣な表情で聴き入っていました。
石川県では被爆者への差別・偏見もあり、健康手帳の申請をしない人も多く、また医療機関側も被ばく医療への知識がなく診療を断られるということが多かったということでした。そして、被ばくの影響も決して過去の話ではありません。西本さんは、孫が鼻血を出したときや、体が痛いと言うと「もしや」と思うそうです。最後に、西本さんは「運動の力」が肝要であり、後世に被ばくの実相を伝えていくこと・核兵器をなくすことの重要性を訴えてお話を締めくくりました。
参加者アンケートには、「これから未来を生きる子どもたちの課題として取り組まなければ」、「実態を知り、行動していきたい」といった感想が寄せられていました。
被爆から70年。被爆者の高齢化も進み、直接被爆証言を聞く機会も少なくなっています。しかし、西本さんがお話されたように、原爆による苦しみや悲しみは過去だけでなく現在もなお続いています。戦争・核兵器、そして何より被爆者の方々の思いを過去の問題としてしまわないように、また、過ちを決して繰り返すことの無いよう、医師の先生方や市民のみなさんと一緒に活動していく必要があると考えさせられる講演となりました。
◎核兵器の全面的廃絶のための国際デー(9月26日)に寄せた事務総長のメッセージはこちら
9.26国連「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」
▼と き 2015年9月26日(土)
▼ところ 街頭キャンペーンは、近江町市場(エムザ口)バス停周辺にて
記念講演会は、近江町交流プラザ 4階 集会室にて
▼記念講演会 18:30~
「広島のピカ―たみちゃん4歳の記憶、そして被爆者運動へ」
講師:西本多美子さん(石川県原爆被災者友の会事務局長)
▼主 催 核戦争を防止する石川医師の会
▼後 援
国際連合広報センター
石川県原爆被災者友の会、石川県生活協同組合連合会、石川県保険医協会、NPO 法人はだしのゲンをひろめる会、九条の会
石川医療者の会、生活協同組合コープいしかわ、非核の政府を求める石川の会
朝日新聞金沢総局、石川テレビ、エフエム石川、テレビ金沢、北陸中日新聞、北陸放送、北國新聞社、毎日新聞北陸総局



